Shrink Fのブログ

精神科開業医が日々思うこと 〜あまり仕事とは関係ない〜

魚取りレポート2003 思いっきりの良さが肝心

週末の天気予報に反して、7月13日の日曜日も磯に行けと言わんばかりに雨は降っていません。昨日は南紀遠征しただけあって私も少し疲れ気味ですが、できれば海には行きたいもの。今日は近場で釣りと泳ぎと「お魚採り」という名目で家族そろって中紀のホームグラウンドに出かけました。そう、前回雨の中ピンク色の魚を逃したあの磯です。

磯に着くなり、ピンク魚の潮溜まりを隈なく探しましたが居ません。その後も逸る気持ちで潮溜まりを次々と覗いていきますが、そんな時にはなかなか見つからないものです。やっぱり中紀ではまだまだ早いのかなあと思い半分諦めながら、じっくり潮溜まりを覗いていくと、居ました居ました。やっぱり中紀はあなどれません。

子供たちもどうやら南紀の磯より中紀の磯が気に入っているらしく、それぞれが潮溜まりを覗き込んで懸命に捕まえています。長女はソラスズメ、次女はホンソメを採ってかなり誇らしげです。その下の長男もネズスズメを何とか捕まえたようです。

私は畳2畳くらいの潮溜まりで妻が見つけたチョウハンと格闘です。大きなゴロタ石の隙間を見え隠れするチョウハンはこの場所から追い出さないことにはどうにもなりません。

追い出し棒を駆使して何とか片手で除けることのできる石の下に追い込むことができました。こうなったら、もう網に収まったようなもの。後は「慎重に」事を進めるだけです。

魚の逃げ込んだ石の近く、逃げ道と思える方向に網をあてがい、その石を取り除いた手で魚を網へ誘導するという方法をとります。しかし、右手で網を持ち、左手で石を除けると、魚を網へ追い込む手がなくなります。魚も石の陰という場所ならわざわざ危険を犯してまで網の近くをする抜けることはしませんが、身を隠す場所がなくなってしまっては,
じっとしていてはくれません。それでも私は少しの間は魚がオロオロとしてくれて網の中へ素直に入ってくることを信じて、「慎重に」石を取り除いたのです。というより、逃がしてはならないというプレッシャーのために大胆な方法がとれなかったのです。

石を取り除いた瞬間、チョウハンは姿をあらわにし、「慎重に」右手で網の方へと誘導しましたが、チョウハンも必死。見事網をよけて再び転石地帯へと逃げ込んでいきました。

このときの悔しさ。それは逃がした悔しさより、自分の未熟さへの腹立たしさです。前回のピンクの魚の時もそうでした。網を持つ右手のさばきで魚を封じ込めるか、あるいは思いっきりよく左手で魚を網へ押し込むか。魚任せではなく、魚の先を行く方法で積極的にやれなかった自分自身へのもどかしさです。それはおそらくゴルフのショートパットを打つときの緊張感に似ていると思います。スズメダイが練習グリーンなら、チョウハンは友達との勝負がかかった18番グリーン、ヤッコならトーナメント優勝がかかった18番グリーンといったところでしょうか。魚採りを制するにも強靭な精神力が要求されるわけです。

この悔しさを乗り越えるには、もう一度勝負するしかありません。しばらく待って転石地帯のチョウハンを再びポイントに追い込み、先ほどと同じ場面を作りました。しかし、そこでもまたチョウハン欲しさに手が硬直します。動けない私はまたもやチョウハンを見送る事しかできませんでした。

これは屈辱です。このまま帰れません。腰をいわしそうな大きな石を除けて三度同じポイントにチョウハンを追い込みました。今度こそ勝負!

しかし、もはやチョウハンに逃げられるという事がトラウマになりつつあった私には大胆な網捌きができるはずもなく、娘を呼んで岩を除けてもらいチョウハンを採ることを最優先にしました。

3度目の正直。チョウハンは採りましたが、勝負には負けたような気がしてなりません。でも、この次チョウハンに出会ったときには思い切った網捌きができるでしょう。なぜなら水槽の中にチョウハンがいるから。でも、ヤッコだったら、おそらく、また緊張しながら、硬直して「慎重な」方法をとると思います。

苦労して計算どおりに追い込んで、最後の最後で思い切った方法に踏み切れないこの緊張感こそ、今の私の魚採集の醍醐味だと思っています。

中紀もやっぱり侮れません